父の命日と骨壷への想い

私事ですが…もうすぐ父の命日です

私の父は、13年前の7月19日地元の夏祭りの日の早朝に亡くなりました。

『お父さん、お祭り好きだからって…お神輿に乗って天国に逝くなんて、ほんとにもう…最後の最期までお騒がせな人なんだから。』そう思ったのをよ〜く覚えています。

そんなにお祭り好きならばと、遺影は『赤い鉢巻にはっぴ姿 』の秋祭り写真。
ソレを選ぶ私も自由人です。

この父の納骨が、私が骨壷絵を描き始めた一つめの動機です。

納骨の日、私は初めて墓石の下にある納骨堂の中を見ました。

「ああ〜、みんな真っ白な骨壷なんだなぁ。
どれが誰だかわからないわ。なんだか寂しい。」

薄暗く白い納骨堂の印象は、どんよりしているのに強烈で、「白い骨壷」を納めた時、父の人生を知らずに終わったことに、なぜか後ろめたさを感じました。

二つめの動機は母です。

私の母は、父が入院した2年後に(当時66歳)、夜中に脳梗塞を起こし、発見が遅れたために右半身麻痺と言語機能に障害が残りました。

その母(当時70歳)が、父の葬儀後に「目が見えない」と言い出し…。
黄斑変性症と緑内障を併発し、徐々に失明する事が分かった時でした。

母の目が見えなくなると知った時に、父の納骨時の後悔を思い出して「見える内に”お母さんの骨壷”を創ろう。」と思ったのです。

障害のある母に
「骨壷創るけど、柄は何にする?」とは聞けず、遠回しに「お母さんは、何の花が好き?」と尋ねると、母はよりによって「かすみ草」と。

「ええ?白い骨壷に白いかすみ草の柄は、流石に無理!花が小さくて柄が分からないでしょっ!」
私は心の中で叫びましたよ!

色々考えて、白い薔薇柄の骨壷を創って母に見せたところ
「骨壷なら赤い薔薇が良い!」

「えええっ!」
私は2回めの心の叫びをじっと堪えて…。
「じゃ、赤い薔薇で新しいのを創るね」

描き直すに当たり、母から色々な思い出話を聞き出しました。
「私もずいぶん色々なところに旅行したんだねぇ。結構遊んでいるねえ。」
と、母は思い出に満足そうでした。
実際、私よりもたくさん旅行していて、私が驚きました(笑)

新しい骨壷に、赤い薔薇の絵を描き、反対側にはピアノと楽譜♫を入れて、母の名前を書き込みました。

母は私が小4の時からPTAのコーラス会に所属し、毎年町の文化祭で合唱していたので、私が子供の頃の母をピアノと楽譜で表したのです。

『白薔薇の骨壷』は、18歳で実家を離れ、その後20年以上母とコミュニケーション不足だった証拠の品です。
でも『白薔薇の骨壷』のおかげで、今の母らしさを知り、コーラスのことを思い出すきっかけになりました。

父は手術で脳に障害が残り、喉も切開して話せなくなったので、約7年間の入院中に父の心の内を知ることはありませんでした。
それを思えば、母とは話せるし、不自由ながらも一緒に出掛けたり、笑ったり出来ます。
充分幸せな事だと思っています。

母の骨壷を『自分の思い込み』で創り却下されて、骨壷の創り直しという前代未聞?の体験をして、母との関係性が深く豊かになりました。

これ以降、実家の相続やお墓のこと、葬儀のことをスムーズに話せる関係になり、終活はほぼ一周終わりました。

 

母は、「変に遠慮されるよりも、きちんと話し合って後始末をして逝きたい」と言います。

『人間生まれたら100%死ぬ』訳で、それを無自覚だったり、死への恐怖心があると、当たり前の『死』を受け入れ辛いのかもしれない…。

生前骨壷創りは、母にとっては、若い頃の話や、子供が独立してからの父との暮らし、友達との旅行のことなど、思い出を娘に語る時間になり、
私にとっては、母の人生を知る時間であり、『死ぬことまでが実人生』と受け入れるための過程でした。

現在の母は、辛うじて左目の視力が残っている程度ですが、食欲旺盛で、極度の方向オンチな私に道案内もしてくれます。
ずっと私の中にあった母へのワダカマリは消えて、良い母娘関係になりました。

いつか母が逝く日には、あの赤い薔薇骨壷が話題の中心になって、華やかで明るく働き者の女性だったと母の思い出話に花を咲かせるんだろうなと想像しています。

私は『父での後悔』を『母』で払拭しました。
私と同じように、実は親との確執がある人や、自立して以来親との関係性が希薄な人、親の終活を考えている人のために役立てられたら、親の人生を知って親子関係が改善されるんじゃないか?
『親のことを知らずに終わった』という後悔をする人が減るかもしれない。
そして『生前骨壷を創る』ことをきっかけに、親子関係が良くなり、残りの時間の過ごし方が素直で優しく穏やかになる事を信じて、父が亡くなって13年目(十三回忌)の今年、皆さまにお知らせにする決心が出来ました。

公にしていなかったのですが、昔のブログや古いHPの投稿から、癌や病気になった親ごさんのために、ご自身のために、パートナーのためにとご依頼を受けて生前骨壷を制作してきました。

これからも生前骨壷創りは、『モノ』づくりではなく、心の絆に気付くための『きっかけ』にして欲しいと願いながら、ご病気が少しでも良くなるようにと祈りながら描いていきます。

長文にお付き合い頂き、ありがとうございました。